心(精神)

心と脳に影響をおよぼす身体機能

人の心と脳は、密接な関連があります。体の器官・臓器や活動は、すべて脳によってコントロールされています。体の末端の毛細血管の一本一本から、皮膚の細胞のすべてにいたるまで、脳が司り統制しています。脳と心とすべての体細胞とは、密接な相関関係にあります。

脳がコントロールしている呼吸、姿勢、視線などは、心のあり方に大きく影響を与えます。歯、手、耳、皮膚なども、脳につながる神経系を通じて、心に影響を与えます。さらに視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの知覚神経(五感)を通じて、脳から心に作用します。

日常の身体活動のバランスを保つことが心の調和につながり、心が健全であれば自然に身体と活動状況が整ってきます。心身ともに健全ではない現代人は、心を健全にするためにも身体活動、外的・物理的な面を整えることが必要です。

心と知覚神経(五感)

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感は、脳を通して心に影響を与えます。

五感で感じたことは電気信号に変換され知覚神経を経て脳に送られ、様々な感覚として感じます。いい香りやおいしい味など快の感覚はセロトニンの分泌を促し、心が満足し幸せ感を感じポジティブな思いになります。快感が大きいとオキシトシンが分泌され、深い幸福感を招きます。

一方、不快な感覚はネガティブな思いを引き起こし、身体機能低下につながります。特に嗅覚と聴覚は、知覚神経が脳に直結しているため、脳から心に大きな影響を与えます。

快感によって脳内から分泌されるセロトニンやオキシトシンなどの脳内伝達物質は、心の健康だけでなく身体の健康も左右します。

視覚

美しい自然の景色や真っ青なきれいな空、美しい絵画や洗練されたデザインの調度品などを見ると、心が和やかに楽しくなります。

視線が水平よりやや上向きに保たれると、心が明るくなります。反対に視線が少しでも下向きになっていると、ネガティブな意識になりがちです。また心が明るく前向きになると視線は自然に上向きになり、心が暗くうつ状態になると視線は自然と下向きになります。

普段意識的に、視線を水平もしくは少し上向き加減にするように心がけると、ポジティブな意識になりやすくます。また視線角度の習慣は視力にも影響を与え、視力低下の予防になります。

聴覚

耳から入った音波は聴覚で電気信号に変換されて脳に送られます。脳で快感を感じると

心と自律神経に信号が送られ、心の安定と臓器・器官の機能向上につながります。

好きな音楽を聴いていると陶酔感にひたり、太鼓や木行、鈴(りん)などをリズミカルに叩く音を聞いているとトランス状態(意識統一状態)に入り、精神が安定し、意欲が鼓舞したり、苦痛が軽減したりすることもあります。

就寝時に、心地よい音や音楽を聴いていると心身がリラックスして、入眠がスムーズになります。

スポーツの際に、軽快で力強い音楽や、太鼓の音などを聞くと、意欲が高まり本来の能力が発揮されます。

音は日常の生活環境のいたるところにあり、良い音・良くない音が混在して人の心身に大きな影響を与えています。

嗅覚

香りは、生活とともに常に存在しています。嗅覚は生物にとって、生命を守るために重要なセンサーです。原始生活では、有毒な食物や敵から身を守るなど生命を守る役割の重要な嗅覚は、瞬時に脳に信号を送るために知覚神経が直結しています。

香りは生命維持の役割だけでなく、心に大きく影響を与えます。心地よい香りは心を癒し、不快な香りはストレスになります。

様々なハーブの香りを使う『アロマテラピー』、複数の草根木皮をブレンドして粉末にした『塗香』、草根木皮を練って固めたものを加熱して香りを出す『お香』、花や植物の香り成分を抽出してアルコールに溶かした香水、化学合成の香料など多くの物があります。いずれも香りを活用して心身に良い影響を与えるのが目的ですが、天然のものが最も効果的です。

香りは、自身の好みに合うものを選ぶのが原則ですが、脳の嗅覚を司る部分に障害がある場合は、好みだけに従うことができないこともあります。脳障害によって発生する認知症の初期症状として、嗅覚異常が現れることが多くあります。

味覚

おいしいものを口に入れた時、思わず『幸せー』という言葉が自然に出てくる人が多いと思います。これは味覚で快感を感じると、脳からセロトニンが分泌されるためです。セロトニンは、大きな満足感(幸福感)を感じさせる脳内伝達物質です。

食欲は最も強い本能であるため、だれでも味覚の満足感は大きいものです。おいしい食事をしながらのコミュニケーションは楽しく、人間関係を円滑にする効用があります。

触覚

好感を持つ人の手や肌が自分の皮膚に触れると、脳に心地良いシグナルが送られます。脳からは、自律神経・内分泌系(ホルモン分泌器官)に調和のシグナルが送られ、臓器・器官や精神の安定が得られます。

皮膚をマッサージする場合と、軽く触れてさする場合とを比較すると、軽く触れる方が心身に与える影響が大きいことが解明されました。近年の研究報告によると、認知症患者に軽いタッチを施すことにより、症状が回復することが明らかになりました。

以上のように、皮膚が感じる触覚は、心身に大きな影響があります。

手指の先端には多数の神経が集中しており、その神経は脳につながり強い相関関係にあります。

さらに手指の爪の付け根の両端には経穴(鍼灸のツボ・10か所)があり、各臓器と自律神経につながっています。このツボに適度な刺激を加えると、固有のツボに関連する器官の機能が上がり、自律神経が安定し、精神安定につながります。

歯は、知覚神経を通して脳につながっています。またあごの動きにも脳が連動し、脳から臓器・器官に信号が送られ、消化、循環、代謝、自律神経等の機能が上ります。したがって食物をよくかむと脳にシグナルが送られ、精神の安定にもつながります。歯が失われて咀嚼が不十分になると、脳の血液循環が滞り認知症の誘因にもなります。

呼吸

呼吸は無意識に行われているため普段呼吸を意識することはありませんが、体が健康でなければ不自然な呼吸になりがちです。不自然な呼吸は、心身の健康を損なうことになり悪循環に陥ります。

健康的な呼吸は、胸郭(肋骨)を広げ横隔膜を上下に動かす『腹胸式呼吸』です。腹胸式呼吸は、酸素と二酸化炭素のガス交換の効率が良く、血液循環、リンパ循環が促進され、自律神経系・内分泌系が安定し、精神が安定し、脳の機能が高まり、全身的に機能が上がります。

普段から呼吸を整えるよう心がけることによって、自然に習慣化していきます。はじめは腹式呼吸から、だんだんと腹胸式呼吸を習慣化していくと良いでしょう。

姿勢

日常の動きや姿勢は、脊柱のバランスを保つようにするとムダな動きがなく、疲れず身体機能が高まり、精神の安定が保たれます。また心身が健全であれば自然に姿勢が整います。

就寝中の姿勢、立つ、座る、歩く時の姿勢も心身の健康と深く関わっています。

普段から姿勢を意識的に整えるようにして、それを習慣化することが心身の健康にとっても重要です。

首の状態が脳に大きく関わることは過去の本誌で述べましたが、現代人の多くは、首の筋肉や靭帯が硬くなりやすい生活をしています。日常生活の中で、特に前傾姿勢を長く続けることが多いと、首が硬くなりやすくなります。デスクワーク、スマホの操作、歩行時の前傾姿勢の習慣などが原因になります。

普段の生活では、首の歪みを起こすことがないように注意することが大切ですが、予防のために首ストレッチを行うと効果的です。

脳腸相関

脳と腸は、自律神経、ホルモン、情報伝達物質(サイトカインなど)を通して密接に関わり合っています。

人が脳で幸せを感じるもとになる「幸せ物質」のひとつ「セロトニン」は、脳だけでなく腸内でも作られていることが明らかになりました。さらに、このセロトニンの生成に特定の腸内細菌が関与することが分かってきました。特に成長期の子どもの脳の発達には、腸内細菌の働きが大変重要であるということも明らかになりました。

脳内のストレス反応は、腸管にシグナルを送り腸内細菌叢(腸内フローラ)に影響を与えています。その結果、腸内細菌がバランスを乱します。悪用菌(悪玉)を増やす要因は、不調和な感情、ストレス、化学物質(抗生剤、化学添加物、農薬など)、高脂肪食、環境汚染などです。

腸は脳から独立した神経システムを持っており、脳をコントロールする場合もあります。

腸は中枢神経系の関与なしに、何らかの形で腸の動きを制御することができる何百万もの神経系からなる自律的な基盤があり、「第二の脳」と呼ばれます。

また腸と病気の関わりは深く、たとえば過敏性腸症候群においては、腸内細菌叢の異常により、腸から脳への信号伝達(内臓知覚)に異常が生じています。

腸内細菌のなかで神経伝達物質であるガンマアミノ酪酸(GABA)を産生する菌が少ない子どもは、行動異常、自閉症などになりやすいことが研究報告されています。

脳を健全に保つ生活

脳は他の器官と同様に細胞で形成されており、良質な血液が円滑に脳内を循環していることが必要です。良質な血液と円滑な血液循環を保つためには食事の質が重要です。

脳細胞が健康でなければ、いかに合理的な脳の使い方をしても思いどおりに脳を機能させることはできません。いくら認知症予防の脳トレに励んでも、思うような成果は得られません。心身が健康で質の高い満足できる人生を送るには、健全な脳を保つことが必須条件です。

脳の活動は電気信号と脳内伝達物質によって行われています。複雑精妙な電気信号の発生と伝達物質の生成は脳内で行われ、一部腸内でも伝達物質が生成されます。

脳が活動するための栄養素と酸素はすべて血液から供給されるので、血液の素材となる食物が脳活動を左右します。したがって心と脳の健康のためには、食生活を調えることが重要です。